高嶋ちさ子の父親の職業は?ビートルズの成功で現在は豪邸暮らし?

高嶋ちさ子の父職業

最近はテレビバラエティの出演が増えてお茶の間にも大人気の高嶋ちさ子さん。

12人のヴァイオリニストのプロデュースなど幅広く活動されていますが、そんな多才な高嶋ちさ子さんの父親はどんな方だったのでしょうか?

今回は、高嶋ちさ子さんの父親の職業について掘り下げてみたいと思います。

高嶋ちさ子の旦那の職業

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2020年1月2日

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高嶋ちさ子の父親の職業は?

高嶋ちさ子さんの父親は高嶋弘之(たかしまひろゆき)さんという方で、音楽プロデューサーとディレクター業で成功された方です。

高嶋ちさ子の父親

年齢は、今年で85歳になられるそうで、出身大学は早稲田大学です。

1959年に東京芝浦電気に入社、レコード事業部に配属された弘之さん。
なんと25歳という若さでディレクターとして活躍をはじめました。

翌年からは東芝音楽工業(現在のEMI Records)に移籍し、由紀さおりさんのディレクションもご担当されました。由紀さおりさんの名曲「夜明けのスキャット」を命名したのは高嶋弘之さんだと言われているようです。

その業績が認められ、1970年からは、キャニオンレコード(現在はポニーキャニオン)の取締役制作部長に就任。1976年にはポリグラムグループに移籍し、チャペル・インターソング社長とポリドール・レコードの常務を務められました。

このように、高嶋弘之さんは音楽業界で着実にキャリアを積み上げ成功された方なんですね。

高嶋ちさ子の旦那の職業

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2020年1月2日

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高嶋ちさ子の父親がビートルズのプロデュースで成功

高嶋ちさ子さんの父親である高嶋弘之さんは、ビートルズのプロデュースもしていたそうです!

高嶋ちさ子の父親

1964年、東芝音楽工業に勤めていた高嶋弘之さんは当時イギリスのEMIと提携関係にあったビートルズをEMI傘下のパーロフォンからデビューさせたそうです。

高嶋弘之さんは、ビートルズのデビューシングルである「Love Me Do」を全国のラジオ曲に営業をかけていたそうですが、反応は悪く苦戦したとのこと。

しかし、2ndシングル「Please Please Me」で人気がじわじわと上がり、これなら行けるかもしれないと確信が生まれたそうです。

高嶋弘之さんは、ビートルズの音楽に邦題を命名したことでも有名です。


今では日本で国民的人気を誇るビートルズですが、最初は売り込むにも苦労があったのですね・・・!

高嶋ちさ子の父親の現在は豪邸暮らし&お金持ち

ビートルズの日本デビューなど音楽業界で成功を納めた高嶋弘之さん。

高嶋弘之

1991年にサラリーマンをやめたあとは、自身の事務所「高嶋音楽事務所」を設立され、現在の職業は高嶋音楽事務所代表を務めていらっしゃいます。
事業内容はクラシック音楽の演奏者のマネジメント&プロデュースです。

このようなすごい経歴をお持ちの高嶋弘之さんの年収は1億円以上?とも言われているようです。
実家は一戸建てで庭付き、しかもブランコまであるとか!

高嶋ちさ子さんは、アメリカ留学中のエピソードとして、親名義のクレジットカードを使いまくって豪華客船で豪遊したと語っています。
ちさ子さんのお金の使い方を高嶋弘之さんは怒っていたそうですが、「この国は、安全をお金で買うんだよ」という娘の言葉に、弘之さんはクレジットカードを使い続けさせていたそうです。

娘の安全の為とはいえ、かなりの資産があるからこそのエピソードですね・・・
高嶋ちさ子さんは、現在でも20台近く車を乗り換え、車にかけたお金は数億円にもなるそうです。

お父様の音楽業界での成功があったからこそ、今の高嶋ちさ子さんがあるのかもしれませんね。

高嶋ちさ子の旦那の職業

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2020年1月2日

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